「源氏物語 総角」(紫式部)

似たものどうしの二人、薫と大君

「源氏物語 総角」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

薫は強引に
姫君の部屋に押し入るが、
察知した大君は屏風の影に隠れ、
中の君の姿だけがあった。
後日、薫は一計を案じ、
匂宮を中の君の寝室に導き、
自身は大君に結婚を迫る。
大君は予想外の事態に
嘆くばかりで
薫を拒み続ける…。

源氏物語第四十七帖「総角」。
前帖「椎本」で蒔かれた悲劇の種が、
本帖で花を咲かせます。
大君は薫に好感を持ちつつも
薫を拒み続け、
そして人生を拒み続け、
ついには命を落とします。
病を得たのではありません。
自ら現世に背を向けたのです。
彼女はなぜ生きる気力を無くしたのか?
そして彼女はなぜ薫を拒み続けたのか?

軽々しい結婚などせずに
宇治で一生を終えよという
父八の宮の遺言の影響もあるでしょう。
しかし妹・中の君は
強引に関係を結ばれたとはいえ、
割り切って匂宮との結婚に
踏み切ったのです。
それだけがすべてではないのです。
問題は大君の
考え方にあると思われます。

「なほひたぶるに、
 いかでかくうちとけじ。
 あはれと思ふ人の御心も、
 かならずつらしと思ひぬべきわざに
 こそあめれ。
 我も人も見おとさず、
 心違はでやみにしがな」

(一途に男に身も心も
 捧げたくはない。
 心惹かれる彼であっても
 結ばれてしまえばいやなことも
 出てくるに違いない。
 お互いにすれ違うのは
 避けたいものだ)。
彼女が漏らした一言です。

「傷つくのであれば
最初から恋愛などしない」。
まるで現代の若者の
つぶやきに似ています。
千年も前に、現代人のような
思考をする女性を創り上げた
紫式部の創造性に脱帽です。

彼女の瞳には明るい未来など
映ってはいなかったのでしょう。
父亡き後、頼るべき肉親もなく、
仕えている女房たちの何人かは
すでに彼女たちを見放しているのです。
養親としての存在である乳母も
すでに逃げ出しているのですから、
まさに天涯孤独といえます。
薫と結婚したとしても
後見人のない妻の立場など
朝露のように
はかないものでしかありません。
彼女にとって「この世」は
ただ辛いだけのものだったのです。

「厭世観」。
薫と大君の唯一共有していたものは
「厭世観」だったに違いありません。
二人はその意味で
似たものどうしだったのです。
最もわかり合えるべき二人が
完全にすれ違い、
寸分も重なり合うことのないまま、
避けようのない悲劇が
二人を永遠に分かつのです。

(2020.11.21)

kalhhによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA